藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2003年6月23日月曜日

IP電話の普及から始まるマルチメディア時代の夢「IPサービス産業」の幕開け




(2003年6月、米国版「Wired」の日本版「Hotwired Japan」で掲載されたコンテンツを編集しました) 

○マルチメディアブームのきっかけは実はADSL技術!



1990年代前半のマルチメディアという言葉が流行りだした時の象徴的なサービスとして一番理解されやすいのがVOD(ビデオオンデマンド)であった。
家に居ながらにして,テレビで好きな番組コンテンツを好きな時に見ることができる。技術的にはもはや何の問題も無いこのサービスはコンテンツからインフラまでのトータルな要求水準が高いため,現在でも一部でしかまだ実現はされておらず,かつて米国でもCATV会社などが巨額の設備投資を行って実験サービスを行ったが,採算性が悪く実現にはいたっていない。実はこのVODが最初に注目を浴びたのは92年にADSLという技術が登場し,電話線を利用することで映像を流すことが可能になったことを受け,当時FCC米連邦通信委員会)が電話会社に対して映像配信を許可するという判断を下したことから始まった(当時はビデオダイヤルトーンと呼ばれた)。当時はCATV会社と地域系電話会社の競争を以下に適正にするかが米国の情報通信政策の中心的課題であり,その中に突然現れたのがこのADSLであった。このことが電話会社が放送事業を行うことの可能性を開き,通信と放送がいよいよ融合するという意味を世界が感じ始めることとなる。そして93年から世界はマルチメディアブームに突入する。

IPサービス産業の時代

あれから10年。マルチメディアはインターネットと移動体通信の普及を軸に進んできたが,そのきっかけともなったADSLは今アジアの韓国と日本のインターネットインフラの中心となり,日本では世界で一番高速で安いインターネット環境を実現するベースとなった。
そしてその普及し始めたADSLは確かに映像コンテンツを多数の人々に提供し始めているが,まだ放送そのものが乗ってきている状況ではない。しかし,確実に従来の通信サービスに大きな影響を及ぼしている分野がある。それが「電話」である。IP電話と呼ばれるADSLを利用して電話を利用する技術は,従来の電話会社が提供していた,電話機と交換機を専用の回線で提供していたものから,電話の導線だけをADSL用に借りるだけであとはIP網さえあれば簡単に実現できるようになった。日本で最大のADSL提供事業者であるYahooBBが提供する BBフォンは5月末ですでに235万件の電話サービスを提供しており,この数字は住宅用の加入電話契約数の6%まで達してきている。

このことは重要な動きの始まりを意味する。かつて,マルチメディアブームの時代は特に米国でCATV網や電話網などの上で各事業者が自前で様々な通信放送のマルチメディアサービスを実現しようとしたが,それは端末,アプリケーション,交換設備,回線などを全て専用に開発する必要に迫られ,その膨大な投資の前に挫折していたわけであり,高速で常時接続な真のインターネットが普及した時にこそ,従来異なるインフラで,ばらばらに提供されてきていた電話やテレビ電話,テレビ放送,VODなどのあらゆるマルチメディアサービスをインターネットの上にIPベースのプロトコルでサービス提供できる「IPサービス産業」に統合していく時代の到来を意味する。

実際のところIP電話は電話会社に膨大な減収をもたらす。何しろこれまでの高い交換機や巨大な電話網を維持するための様々な人員のコストを維持してきた電話の基本料や通話料収入は,ADSLサービスに導線を貸している収入だけになってしまう。すでに電話加入者は携帯電話の影響もあり減少に転じている。電話の次世代になるはずだったISDNも加入は減っている(本当はNTTB-ISDNという光ファイバーを利用したISDNで全てのマルチメディアサービスを実現するはずだった)。しかし,このIPサービス化への動きは電話会社も避けて通ることのできない現実であり,日本の通信会社は積極的にIP電話を提供し,既存の電話サービスの減収を覚悟してでも,IPサービス事業者への転換を目指している。このことは電話というライフラインでユニバーサルなサービスがついにIPサービスに移行する道を歩み始めたわけで,いよいよインターネットが110番の緊急通報(IP電話においてはまだ課題のひとつにはなっている)も含めた本当の社会基盤として認められる時期がいよいよ来たと言えるだろう。

○「IPサービス産業」を発展させるための産業構造の水平分業

このように電話会社が大規模なリストラも避けられないかもしれないIPサービスにはどんな明るい未来があるのだろうか。答えは簡単である。インフラやIPのアクセスを持たなくても誰もが簡単にIPを利用したコミュニケーションの新しいビジネスに参入できる時代が来ることである。例えば電話サービスに3者通話という付加サービスがあるが,インターネットではとても簡単に作ることができそうなこのサービスが,電話会社の場合はとても高額な交換機に特殊なソフトウェアを仕込む必要があり,膨大なコストがかかっていた。つまり,何か新しいアイデアでサービスを提要しようにも,従来は膨大なコストと手間と電話会社の判断と規制という壁の前に空想で終わっていたのである。
このIPサービス産業は一社が全ての投資を行うのではなく,水平的に様々なプレーヤーが自分のサービスの範囲で頑張ることを前提にしている。例えばそれぞれ握る価値のモデルで筆者が整理すると以下のように5つに分類できる。

1.コンテンツ価値(会話や映像,コンテンツ等)
2.サービス価値(インテリジェントなエージェント機能などを提供してくれる)
3.顧客価値(自分を理解してくれている,個人情報を委ねている,お金を支払う)
4.接続価値(ワイヤレスやxDSL技術など様々な方法でIP接続を提供してくれる)
5.インフラ価値(ダークファイバーなど通信回線を提供してくれる)

5のインフラは設備投資も大きく,地域ごとに事情も異なる,シビルミニマムな考え方も必要であり,税金の活用も含め公的な考え方も考慮する必要がある。4の接続価値は技術革新も早く,無線の世界も動きがダイナミックであり民間ベースのベンチャーも多数登場してくるだろう。何より重要なのは3の顧客価値をにぎるプレーヤーである。利用者はこのプレーヤーのブランドや信頼性に自分の個人情報を預けたり,お金を払うことになる。このプレーヤーが確立されることで,2の様々な付加価値サービスを提供する事業者や1のコンテンツを提供する事業者のビジネスが自前の顧客管理や決済の仕組みを整える必要がなくなり,円滑にビジネスが成り立つことになる。

例えば現在はYahooBBは 5NTTから借りて2,3,4を提供している事業者であり,大手のISP4だけを提供しているADSL事業者の上で2,3のサービスを提供している。
またNTT地域会社は独自に地域フレッツサービスを提供し,子会社でISPを提供しているので2,3,4,5を提供していることになる。NTTコミュニケーションズはISPHotSpotなどもやっているので2,3,4を提供している。

NTT地域フレッツ 2,3,4,5
NTTコム     2,3,4
Yahoo      2,3,4
ISP       2,3

課金可能性を高める「050番号」はIP電話サービスの鍵

こうした中,今秋にはIP電話にも新しい電話番号体系「050」が付与される予定である。この番号はIP電話事業者が付与することになるが,携帯電話番号のように引越したりしても事業者が変わらなければ変更はないので,限りなくパーソナルな番号になる。この番号の持つ意味は大きい。もちろんこの番号がIPサービスを提供する上でIDのように利用できる意味合いも大きいが何より電話番号には「お金を払う」という意識が利用者側に存在しており,固定電話にしても,携帯電話にしても対価を払って利用するサービスである。これまでPC上でIPベースのサービスの最大の課題は無料系のサービスが多かったこともあり,課金意識をもたせることが難しかった。今後のIPサービスがきちんと対価を払ってもらえるサービスになるためにもこの050番号は重要なものだと考える。

現在のサービスと対価価値
・電話・・・・・・・・・・・電話という通話の価値でキャリアにお金を払う
・携帯電話のメール・・・・・ひとつひとつのメールパケットとしてキャリアかISPにお金を払う
・携帯電話の着メロ・・・・・着メロコンテンツとしてキャリア経由でサービス事業者にお金を払う
PCのブロードバンドメール・・・・いつでもメールができる価値としてISPにお金を払う
PC上のチャット・・・・・・ブロードバンド価値のおまけでお金を払う習慣がない

そこで筆者はIP電話の普及シナリオを以下のように想定した。前述した通りIPサービス産業発展のためにはシナリオ3になることがもっとも望ましいシナリオである。

○シナリオ1 電話のまま進化
050が電話の延長として認知され,端末も専用機中心に電話サービスとして広がり,あくまで電話サービスとして費用を回収。当然付加サービスへの展開は難しい。
利益率の悪いサービスとして事業者の淘汰再編はすぐにおこる。
決済など顧客価値をにぎるプレーヤーは放送,流通,サービス事業者など分散し,コンテンツビジネスなどは引き続き,ばらばらに伸びていく。

○シナリオ2 PCサービスのように進化
050はメールアドレスのような存在になる。無料に近い形で電話も提供され,
電話会社は接続価値で回線ビジネスが中心であり,大きく縮小。決済など顧客価値をにぎるプレーヤーは放送,流通,サービス事業者など分散し,コンテンツビジネスなどは引き続き,ばらばらに伸びていく。

○シナリオ3 携帯スタイルで進化
050は新しいIDとして認識され,広くIPサービス利用のベースになる。電話会社が顧客価値をしっかり握り,付加サービスやコンテンツが費用回収することができ,放送ビジネスも回収代行を電話会社に依存するようになり様々なプレーヤーが参入し,IPサービスが多様化する。

生活者から見ると3の顧客価値を提供してくれるところが050番号を与えてくれて,後は2の付加価値サービスや,4IPへのアクセス方法は自由に選べる形が望ましいが,当面はISPなど2,3,4セットでの提供は仕方がないだろう。しかし新しいコミュニケーションモデルを作るのためには,付加価値サービスを生み出す2単独のプレーヤーを活性化しながら多数登場させるかが重要である。
そして,もうひとつやはりNTT地域会社から5のインフラ会社は分離独立させ,2,3,4の各プレーヤーが自然な形で育っていくことが,日本のIPサービス産業が自由にのびのびと発展していくためには望ましいことであると考える。もちろんインフラと分離されたNTT地域会社も34を提供するサービス会社の一部になることで収益をあげることは十分可能であると考える。

IPサービス産業発展のために

従来のIT産業というと半導体からCGコンテンツまで,とても幅広い概念で語られているためとてもわかりにくくなっているが,YahooBBのおかげでまがりなりにも世界でトップクラスのブロードバンドIP網を構築できた今こそ,従来の情報通信産業中心にこの「IPサービス産業」という産業構造を創り上げ,国際競争力と国際市場でのイニシアティブを握り,発展させていくことが,最終的には生活者にも,端末をはじめ周辺機器メーカー,コンテンツクリエイターにもIPサービス産業の生態系に参画するあらゆるプレーヤーにとってall-winな形になるのではないだろうか。かつてマルチメディア時代に夢を見たあらゆるものがデジタル化され効率的に流通する世界が今ようやくIPサービスとして実現されようとしている。我々はこのチャンスを逃してはいけない。そのためにもIP電話はその第一歩として大きな意味を持つサービスになる。

2003年6月12日木曜日

e-Japan2 求められる「構想」から「戦略」的発想

(2003年6月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

e-Jpana2の中間報告は2001年に策定されたものに比べると格段に評価できるものになっていると言えるだろう。筆者が昨年7月に本欄で提言させていただいた「e-Japan戦略私案「日本の未来のためのIT戦略」(http://it.nikkei.co.jp/it/njh/njh.cfm?i=20020710s2000s2」にも近い方向性になっている。しかし,筆者は多くの人が評価している「生活者の視点」を重視しすぎた部分が逆に,「戦略」部分を失ってしまったと考える。つまり国家としてITをどう活用して,日本が世界の中でどのよう戦っていくかが,この報告書からは見えてこない。戦略とは国語辞典によると「長期的・全体的展望に立った闘争の準備・計画・運用の方法(三省堂新辞林より引用)」とある。つまり戦うための方法論であり,その方法論により勝利に導かれることを国民が実感できなければ意味がない。
つまり,この報告書は「IT基本構想」としては高く評価できるものの,残念ながら「戦略」としては評価できない。
では戦略として捉えたときに現在日本が闘争しなければいけないこととは何であろうか?筆者は以下のようなことであると考える。

1.自由貿易圏の覇権争いもすすみ,メガコンペティションが加速し,経済的な国際競争の中における闘争
2.地球環境問題に代表される,大量消費,環境破壊社会からの脱皮という闘争
3.低成長・成熟社会でも豊かさを実感できる社会への構造改革という闘争
4.工業化社会から知識情報化社会への大転換への挑戦という闘争

生活者の視点はとても重要であり,今回のアプローチも高く評価できる部分であるが,報告書にある戦略思想でうたっているように生活者が本当に「元気・安心・感動・便利」を実感できる社会を実現するためには当然のごとく,上記の4つの闘争に勝ち抜くことが前提だと考える。そうでなければ生活者の豊かな生活は成立しない中では,どんなに生活者視点をアピールしてもそれは空虚な理想論であり,まったく意味をなさなくなる。何よりも勝ち抜くためにITはどう貢献できるのか?ここがIT戦略においてはもっとも重視される視点だと考える。

そのためには筆者は以下の5つの視点でITを活用する必要があると考える。

A 内需拡大で経済的活力を生み出すためのIT
B ITがより国際競争力を高めることに貢献できる分野
C 地球環境問題に貢献するIT
D 社会的非効率を是正するIT
E 新しい価値創造を行うことができるIT

筆者は戦略的に特に重要なのは以下の3つのパターンであると考える

E×A・・・・新しい価値創造で内需が拡大する
E×B・・・・新しい価値創造で国際競争力が高まる
E×A×B・・新しい価値創造で内需が生まれ,それが世界的な競争力のある産業に育つ

一方報告書にある先導的取り組みの分野を上記視点で整理すると以下のようになる。

医療・・・AD
食・・・・ABCD
生活・・・ABCDE
中小企業金融・・・ABE
知・・・・ABE
就労・労働・・・ABCDE
行政サービス・・ABD

そうすると今回は「生活」,「中小企業金融」「知」「就労・労働」の重みは他の分野よりも高いと考える。さらにここにはでてきていない重みの高い分野としては以下のようなものがあり,

コンテンツ産業・・・ABE
中小製造業・・・・・ABCDE
バイオ・ナノテク・・ABCE
地域マイクロビジネス・・ADE

上記分野はITが貢献する部分も大きく,戦略的重要性からも是非何かしらの形で報告書の中に盛り込んでもらいたいと思うところである。

またもうひとつAからEまでの視点を捉えたときにITが戦略的に貢献するために社会システムとしてのプラットフォームの整備が重要である。例えばITSGIS,金融の各種市場,旅行業界の統一予約プラットフォーム,広告取引市場など各種取引材のマーケットプレイスなどであるが,これは各種のネットワーク基盤とは異なる性質のものであり,報告書の中の「次世代情報通信基盤の整備」で同一で扱われているが,別途分離して,戦略的に民間や公的機関の整備が進むような施策を打ち出すことが望ましいと考える。これらプラットフォームが整備されることで生活が豊かになり,関連産業が広がり,全体システムとして世界的に輸出できる戦略商品になりうるからである。


今回はIT戦略として見ているが,根幹は日本がどのような国を目指すのかという大戦略があった上である。そういう意味ではその戦略がよく見えない中でどんなに優秀な委員の方々を招集しても,IT戦略が描かれることが無いのも無理もない。戦略という言葉を使う以上はもう一度日本がどのように社会的豊かさを実現していくのかを改めて描く必要があり,その戦略の中での日本の構造改革を議論する必要がある。明快な戦略の元であればITは構造改革の強力なエンジンとして使えるはずなのだから。