藤元健太郎のフロントライン・ドット・ジェーピー

2009年6月1日月曜日

日本のIT国際競争力次の戦場「リアル空間」をITで高付加価値化せよ! 照明をITの新しい社会インフラに

(2009年6月日本経済新聞電子版の「ネット時評」に掲載されたコンテンツを編集しました)

エコポイントもスタートし,我が国の環境対策は一般生活レベルでも身近な存在になりつつある。また国際レベルの地球温暖化交渉において日本も中期目標の設定を行う必要があり,落としどころをめぐり国内でも意見がわかれ議論が紛糾している状況である。ひとつの問題はCO2削減を強力に進めるとGDPを押し下げることになるというシミュレーション結果もあり,産業界の強い反対があることである。そうした中,オバマ政権も提唱しているスマートグリッドなどエネルギーとITの融合により,新しい産業創出を行うという考え方も強くなりつつある。筆者は環境対策を行いつつ新しい産業創造の施策として照明という身近なインフラをキーに新しい市場創造を行う構想を提案したい。

照明は現代社会に必要不可欠なものである。現在家庭の電力消費の16%を占めているのは照明器具の電力消費である。そこで白熱灯は生産を中止し,蛍光灯への置き換えで省エネ化を行う動きが推奨されているが,蛍光灯も水銀が利用されており(一部水銀レスの蛍光灯も開発されてはいる)環境に必ずしも優しいわけではない。そんな中注目されているのはLED照明である。最近は冬になると街のイルミネーションの主役になっているが,技術開発が進み,蛍光灯よりも年間消費電力を半分程度にすることも可能になりつつあるため,普通の照明としての利用が実用化期を迎えている。LED照明は寿命が長いことも特徴で大きなオフィスビルや商業施設ではその取り替え作業にかけているコストも膨大なものがあるため,電力コスト以外の部分でもそのランニングコストの低減効果は大きい。現在は初期コストの高さが最大の課題であるが,主要な特許が切れる時期が近づいており,初期コスト低下も見込まれている。さらに色を変えることができるメリットもある。一部の街路灯の色を青い色に変えることで犯罪や自殺を減らすことに成功している地域もあるが,色は人間の心理に影響を与えるため,エンターティメント的な利用や警告を与えるなど様々な利用シーンが考えることができる。さらに次世代のLED技術の有機ELになると画像なのか照明なのか区別がつかないような使い方も想定され,さらには形状が格段に自由にすることができる(壁一面が照明とか,柱が照明とか)などのメリットがある。そしてもうひとつの可能性が可視光通信である。光の点滅により携帯電話などのカメラが対応するだけで指向性のある通信を行うことが可能である。指向性があるため,特定の場所や範囲だけに情報を届けることができ,電波で問題になる部屋の壁を越えて漏洩することなども無いためセキュリティ的にも活用範囲は大きい。
このようにLED照明には照明以上の可能性が大きく存在する。そこで可視光通信機能だけでなく,各種センサー(赤外線や映像カメラや音声マイクなど)や無線通信機能を照明機器の中に同時に実装しユビキタスモジュール化することで,照明機能と通信機能を同時に実現するモジュール機器にして,日本中の照明を置き換えてしまうことで環境に優しいユビキタスな空間を実現することの可能性が高まる。PLCを活用すれば電力線と照明機器だけで通信ネットワークを構築することも可能である。
この新しい照明モジュールを今の照明を置き換えていくだけでビルや街中に新しい社会インフラを構築することができる。

では何故この社会インフラが重要かと言えば,次のITによる市場創造のフロンティアはリアル空間の高付加価値化であり,そのためには低コストでリアル空間に通信デバイスを大量に設置していくことが必要だからである。
例えば最近注目されているAR(オーギュメントリアリティ)という技術では,リアル空間をカメラで覗いた時などに仮想空間情報をオーバーラップさせることができるが,これまでのアプローチは詳細な空間の位置情報を元に情報をマッピングしていくというものが中心であった。しかし例えば全ての照明から固有の情報が配信されていれば,カメラを向けるだけでその場所の情報を照明から入手することなども可能になる。また飲食店などで座っているテーブル毎に別々の情報を天井の照明から配信することなども可能になる。もちろん通信方式は必ずしも可視光通信に限ることは無い。ワンセグの電波を活用してシェフが店内にいる人向けに自分の調理動画をワンセグ放送し,お客の携帯に配信するようなこともできる(現在は実験免許を申請する必要があり)。重要なのは極めて短い距離の通信手段の確保である。これまでの無線技術は広範囲を面でカバーする技術が多かったが,リアルなビジネスでは店先3mやお客さんが座っている席など極めてピンポイントの場所が重要であり,緯度経度では表現できない極めて小さい空間単位が重要になる。人々はまさにその場所でその時,その瞬間適切な情報を入手することを求めている。そのお店に入ろうかどうしょうかは店頭の入り口で判断することが多いだろうし,もう100m先まで歩いてみるかどうかはその瞬間の判断情報がそこにあると無いとで全然異なる。これまで情報の入手は自宅やオフィス,移動中の電車の中などが多く,多くの情報は事前入手型であったと言える。携帯が便利になったとは言え,まだまだ街中の自分の最適な情報を検索するための時間と手間はかなりかかる。今いる場所に限定された情報だけを簡便にデジタルで入手する手段は実は限られている。現在急激に増えているデジタルサイネージもひとつの方法ではある。しかし,全ての場所にサイネージを設置するのはコスト的にも景観的にも現実的ではないだろう。その場合は生活者が持っている携帯端末とリアル空間が通信を行うことは現実解である。
これまでのITは「いつでも,どこでも,誰にでも」通信を行うことを目指してきたが,リアルのビジネスでは「今だけ,ここだけ,あなただけ」情報を届けることで価値を生み出すことが可能になる。さらにそこに行かなければ手に入れられない情報や,そこにいるからこそ入手できる情報があることで人々の行動は変わる。事前に自宅のPCで入手した情報よりも,現実に今手に入れた情報の方が行動の意思決定に関わる影響度は大きいだろう。その結果不特定多数を人通りの少ない通りに人を誘導することができたり,ターゲットとなる人だけを看板の無いビルの最上階の店舗に誘導できるゆようになれば,地価の概念も変わるだろう。プライシングをリアルタイムで変えることで特定時間帯しか混まない店舗の稼働率を平準化することができれば,平均価格を下げながら利益率を高めることも可能になるかも知れない。そもそも冷静な状態でショッピングを行うECに比べ,リアルな空間では人間の欲望を喚起する仕掛けがたくさん用意されている。そこに人件費をかけないで適切に情報提供できる手段が加われば現在5兆円のEC市場の27倍の135兆円もあるリアルな小売り市場の活性化が期待できる。

社会インフラとなればビジネス面だけの活用以外も多いに期待できる。街路灯を全て置き換えることで,防犯インフラにもなるだろう。配信する情報はアクセシビリティの解消にも役立つ。タウンマネジメントや都市設計そのものの概念を変える可能性もある。そして何よりもこの産業群が育つことが新しい競争力としてサービス業の高度化と国際競争力に大きく貢献することが期待される。しかしリアル空間へのインフラ投資はベンチャー企業などにとっては大きなハードルとなる。しかし,ベースのインフラや基本となる情報構造の定義さえできてしまえば,後は照明を次々と置き換えることでインフラは整備され,あとはベンチャーの創意工夫により新しいサービスモデルをどんどん生み出してもらうことができるのではないだろうか。今後ITの新しいイノベーションの大きな柱がリアル空間のITによる高付加価値化であるならば,この分野のサービスモデルやプラットフォーマー,新しいデバイスををいち早く生み出し輸出産業化し,日本の国際競争力を高めることに資するためにも,日本中の照明を新しいLED照明モジュール化するような思い切った施策を今こそ打ち出す時期では無いかと考える。





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